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札幌地方裁判所 昭和54年(ワ)5055号 判決 1980年10月30日

原告

高橋巌

ほか一名

被告

安田火災海上保険株式会社

主文

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  被告は、原告らに対し、各金七五〇万円及びこれに対する昭和五四年九月二〇日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  第1項につき仮執行の宣言。

二  被告

主文同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  訴外高橋聡宏(以下亡聡宏という)は、次の交通事故により死亡した。

(一) 事故年月日 昭和五一年七月二五日午前二時一五分ころ

(二) 発生場所 古宇郡神恵内村大字神恵内八九番地

(三) 加害車 普通乗用自動車(札五五る七〇八号)

右運転者 訴外本間時則(以下本間という)

(四) 態様

本間の運転する加害車が路外に逸脱して、コンクリート支桂に衝突し、同乗中の亡聡宏が死亡した。

2  亡聡宏は、本件加害車の所有者であり、本件事故当時、加害車につき被告との間で被告を保険者として自動車損害賠償保償法に基づく責任保険契約を締結していた。

3(一)  亡聡宏は、本間らと連れ立つて、古宇郡神恵内村にキヤンプ村に行つていたところ、深夜飲み物が足りなくなつたので本間が買い出しに行くというのでこれに付き合つて出かけようとしたが本間所有車両には既に他人が就寝していたため、亡聡宏所有の加害車を本間が運転し、亡聡宏が助手席に同乗して買い物に行く途中本件事故に遭遇したものである。

また、本間は、亡聡宏より一年年上であり、身体も亡聡宏よりはるかに大きく年齢差以上に年上の感じがするので亡聡宏は一目置いていた間柄であるし、本件事故当時、亡聡宏は酩酊状態にあり、とうてい運転できる状態ではなかつた。

(二)  右のような場合、第三者に対しては亡聡宏と本間は共同運行供用者の関係になるが、亡聡宏は本間に対する関係では自賠法三条の他人に該当する。

(三)  しかして、亡聡宏の死亡当時の年齢(満二〇歳)、性別(男子)、有職者であること等からすると、亡聡宏の死亡による損害は自陪責保険の死亡による給付金の最高額一五〇〇万円を超えることは明らかである。

4  原告高橋巌は亡聡宏の父、同高橋トシは亡聡宏の母であるから、それぞれの相続分に応じて前記亡聡宏の自賠責保険金請求権を相続した。

5  よつて、原告らは各自被告に対し金七五〇万円及びこれに対する本訴状送達の翌日である昭和五四年九月二〇日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は(四)の態様を除き認める。

2  同2は認める。

3  同3の(一)(二)は否認する。本件事故発生に至る経緯事情は後記被告の主張のとおりである。(三)のうち亡聡宏の年齢、性別有職者であることは認めるが、その余は争う。

4  同4のうち、身分関係は認める。

三  被告の主張

1  加害車の所有・日常使用状態

加害車は亡聡宏の所有であり、また維持費・修理費等の負担も同人が負い、同人が毎日通勤、ドライブ等に利用していた。

2  事故当夜の事情

(一) 事故当夜である昭和五一年七月二四日夜、亡聡宏は本間ら仲間七人で古宇郡神恵内村海岸にキヤンプに出かけ、亡聡宏・本間・訴外西田・同松本の各運転する車四台に分乗し約五時間走行の後午後一〇時頃目的地に到着し、到着後は浜辺でビール等を飲んで遊んだ。

(二) その後亡聡宏を除く本間等六人は各々の車にそれぞれ戻り眼りについたが、亡聡宏はその後も一人でビールを飲んだり、また自分の車(加害車)を走行させたり等していた。

3  事故に連なる運行の動機・態様

その後しばらくして亡聡宏はコーラが飲みたくなり、手持ちの小銭がなかつたため訴外松本から小銭を借りた上、本間を起こし同人を加害車の助手席に乗せた上、自ら運転し、買出しに行くべく珊内方向に向つて道路左側に駐車していた加害車をUターンさせ、神恵内方向に向きをかえた。そして一旦車から降りこれまた訴外西田を起こし同訴外人から自動販売機の場所を訊いてきた後、本間に対し「近くにあるから行こう」「酔つているので運転を代つてくれ」と頼んだため、本間は止むを得ず運転を交替し、亡聡宏が助手席に乗り神恵内方向に向け出発した。本間は現場付近は初めて行く土地であり、亡聡宏の指示に従つて運転していたが、一〇分程走つても自動販売機が見つからなかつたため、亡聡宏から「これ以上行つてもないから帰ろうか」との指図に従い、キヤンプの場所に帰る途中で本件事故が発生した。

4  ところで原告らの本件請求は自賠責保険者たる被告に対する自賠法一六条一項に基づく直接請求であるから、同条に基づく請求が成立するには同法三条により保有者の「他人」に対する損害賠償責任が発生することが前提となる。

しかして、既にみたように亡聡宏は加害車の所有者であり、コーラを買うという自己固有の目的のために本間に運転させしかも運転を指図し、自ら助手席に同乗していたのであるから、亡聡宏が運行供用者たる地位を難脱したとみる余地は全くなく、明らかに運行供用者でありかつ保有者であるから、亡聡宏が自賠法三条の「他人」に該当しないことは明らかである。

5  仮りに前記主張が認められないとしても、本件請求が成立するためには、加害車である本間が単なる運行供用者であるだけでは足りず、自賠法二条三項の「保有者」すなわち「自動車の所有者その他自動車を使用する権利を有する者で、自己のために自動車を運行の用に供する者」の要件を充足しなければならない。

しかして、前記のとおりの、本件運行の動機、態様さらには、本間が運転した加害車は直前まで亡聡宏が運転し、かつ当日も終始同人のみが乗車していたこと等によると、その運行目的・運行支配・運行利益は専属的に亡聡宏が享受していたものであり、本間は単に亡聡宏のために加害車を運転していたにすぎないものであり自賠法二条四項にいう「運転者」である。仮りに「運行供用者」であつたとしても「保有者」とは到底認められない。

6  仮りに前記主張が認められず、本間が保有者であり亡聡宏と共同保有者の関係となるとしても、本件においては、既に述べた事実関係に照すと、本件加害車の具体的運行における運行支配の程度・態様は亡聡宏のそれの方が終始一貫して直接的・顕在的・具体的であり、本間のそれは保有者性を認めること自体疑問な程に微弱であり、第二次的なものである。従つて、仮りに両名が共同保有者であるとしても、本間に対する関係では亡聡宏が他人であるとは認められない。

7  以上のとおり、所有者である亡聡宏が助手席に同乗していたことが争いのない本件においては、本間の保有者性及び亡聡宏の他人性のいずれかを常に欠くことになるから、自賠責一六条一項に基づく本訴請求は理由がない。

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張1は認める。

2  同2の(一)は認める、(二)は否認する。

3  同3のうち、亡聡宏が「松本から小銭を借りた」ことは認めるが、その余は否認する。

4  同4ないし7は争う。

第三証拠〔略〕

理由

請求原因1のうち、事故の態様を除くその余の事実、請求原因2の事実及び本件事故当夜である昭和五一年七月二四日夜、亡聡宏は本間ら仲間七人で古宇郡神恵内村海岸にキヤンプに出かけ、亡聡宏、本間、訴外西田、同松本の各運転する車四台に分乗し、約五時間走行の後午後一〇時ごろ目的地に到着し、浜辺でビール等を飲んで遊んでいたこと、本件加害車は、亡聡宏の所有であり、維持費、修理費等の負担は亡聡宏が負い、同人が毎日通勤、ドライブ等に利用していたことの各事実はいずれも当事者間に争いがない。

右争いのない事実に、成立に争いのない甲第一号証、証人本間時則、同西田秀徳の各証言及び弁論の全趣旨によると、次の事実を認めることができる。すなわち、

亡聡宏、本間らは、キヤンプ目的地に到着後、ビール、コーラ等を飲んだりして二時間程遊んでいたが、そのうち亡聡宏、本間を除く他の五名はそれぞれの車に戻り眠りについた。亡聡宏と本間は更に一時間程話し合つたりしたのち、それぞれの車に戻つた。自分の車に戻つた本間は、喉の乾きを感じ、飲み物を捜したが、残つていなかつたため、これを買いに行こうとしたが、小銭の持ち合せがなかつた。そこで、本間は亡聡宏に借用方を申入れたが、亡聡宏も小銭を持ち合せていなかつたので、亡聡宏は他の者に小銭を借りに行き、ようやく訴外松本から小銭を借りることができた(このことは、当事者間に争いがない)。そこで、本間と亡聡宏は、自動販売機で飲み物を買うべく、出かけることになつたが、本間の車両には、同人の連れの女性が既に寝ており、また亡聡宏が「俺の車で行こう」と言つたこと、亡聡宏の車(本件加害車)が最も動かし易い場所に駐車してあつたこと等から亡聡宏所有の加害車で出かけることになつた。その際、亡聡宏の方が本間より酔つていたこともあつて、本間が運転することになり、亡聡宏が助手席に同乗して、自動販売機を捜しつつ神恵内方面へ進行して行つた。ところが、一〇数分進行しても自動販売機が発見できなかつたので、亡聡宏が、もう帰ろうといい、両者とも目的達成を断念して引き返す途中、路外逸脱事故が発生し、亡聡宏は死亡した。なお、自動販売機は、亡聡宏ら出発地点から車で一〇分足らずの距離のところにあり、また本件事故発生場所は右出発地点から五分程の地点であり、出発後三〇分程して、訴外西田らは本間らの帰りが遅いことに気付き、訴外松本が捜しに行つて本件事故の発生を知つた。

ところで、原告らは、自賠法一六条一項に基づき保険者たる被告に直接請求するものであるから、その為には、本件加害車の保有者が同法三条に基づく損害賠償責任を負担していることが前提となるところ、原告らは本間は共同運行供用者であると主張するのに対し被告は本間は単なる運転者であると抗争するので、まずこの点につき検討する。

自賠法にいう運転者とは、他人の運行支配の下に、自動車の運転又は運転の補助に従事する者(同法二条四項)をいうと解されるところ、前記の事実によれば、本間と亡聡宏とは、共に自己の車を運転してキヤンプ目的地に到着した友達仲間であること、本間と亡聡宏は飲み物がなくなつたことから、二人して飲み物を買いに行くことにしたが、たまたまこれを言い出した本間の車には既に同人の連れの女性が寝入つていたこと等から亡聡宏の提供により亡聡宏所有の本件加害車で出かけることになつたこと、その際、亡聡宏が本間より酔つていたこともあつて、本間が亡聡宏の承諾の下に運転し、亡聡宏が助手席に同席して出発し、自動販売機が発見できなかつたことから、亡聡宏の提案により引き返す途中に本件事故が発生したこと、その間三〇分を越えてはいないことが認められるのであり、これによると、本間は亡聡宏の承諾の下にたまたま亡聡宏に代つて本件加害車を運転していた(ハンドル操作を委ねられていた)にすぎず、その時間も三〇分に満たないものであるから、本間は亡聡宏の運行支配の下に本件加害車の運転に従事していたものとみるのが相当である。してみると、亡聡宏が本件加害車の保有者たる運行供用者であることは前記事実から明らかであるから(原告らも亡聡宏が運行供用者であつたことを当然のこととしている)、本間は亡聡宏の運転者にすぎないことになる。そして、その他に本件事故に関し、亡聡宏以外に自賠法三条の損害賠償責任を負う保有者が存在することを認めるに足りる証拠はない。

仮りに、本間が本件運行に関し運行供用者と認められるとしても亡聡宏もまた運行供用者であることは前記のとおりであり、本間と亡聡宏は共同運行供用者の関係にあることになる。しかして、前記認定の事実関係によれば、本間は、飲み物の購入という共同目的の為に、亡聡宏の承諾を得て同人を助手席に同乗させ、わずか三〇分足らずの間本件加害車を運転していたにすぎないものであつて、本間は亡聡宏の運行支配を介してその範囲内においてのみ本件加害車の運行につき運行支配を有していたものと解されるから、亡聡宏の運行支配が第一次的なものであつたということができ、本件加害車の運行については、亡聡宏が本間に比して、より直接的、顕在的、具体的に運行を支配しており、また運行利益は本間と亡聡宏が等しく享受していたということができる。しかして、このような場合には、本件加害車の助手席に同席していた亡聡宏は本間に対して自賠法三条にいう「他人」であることを主張することはできないと解するのが相当である。

以上によれば、原告らの請求は、その余の点につき判断するまでもなく、失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 宗宮英俊)

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